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小西マサテル『名探偵のままでいて』感想

有名な放送作家の処女小説ということで話題を集めているミステリ。『このミス』大賞受賞作。しかし、個人的にはあまり評価できる内容ではなかった。

ネットのレビューをみると、「真相がどれも地味」などの批判があるが、そこは本質的ではない(真相が地味だけど良質なミステリなどいくらでもある)。また、「真相が強引で、そうである必然性に欠ける」という批判もみられたが、そこもどうにでもカバーできる(真相が無茶な良作も、いくらでもある)。しかし、このように「つまらない」と感じさせてしまった原因はどこにあるのか? それは、この小説がミステリを盛り上げるための定石を踏まえていないからである。

本作は、最近流行している「多重解決」の方式を採用している。そもそも多重解決のおもしろみは、ひとつの謎に対して、全く方向性の異なる真相がいくつも提示されるところにある。しかしこの小説で提示される多重解決の真相は、どれも似たり寄ったりなのである。たとえば、「トリックは同じだが動機が違う」という多重解決や、「犯人(たち)は同じだが主犯が違う」という多重解決だ。果てしなくどっちでもいい。多重解決の醍醐味である、ひとつの真相を信じ込まされたと思ったら、まったく別の真相を提示される、あの鮮やかな視点の転換を味わうことができないのだ。後半の事件では、それぞれ異なる登場人物を事件の犯人とする真相が提示されるが、どの推理でも、犯人とされる人物がストーリーの脇役なので拍子抜けしてしまう。脇役が犯人で悪いとは言わない(カタルシスはないだろうが)。しかし、このような構造にするなら、せめて「仲間だと思っていた主役Aが犯人!?」という偽の真相を提示してみせた後に、「実際は脇役Bが犯人!」という真相を提示する方が、ミステリとしても、小説としても、盛り上がる。

また、この作品は、探偵役がある疾患をわずらっており、それが後々物語の流れに関係してくる。しかし、疾患による影響が具体的にどこに出ているのかが、あまりにも早い段階で読者に提示されてしまう。疾患の影響で、終盤、探偵の目論見が外れることになるのだが、疾患の影響がどこに出ているのかについての説明は、まさにこの瞬間まで伏せておくべきだった。その方が、劇的な効果を狙えたはずだ。

ミステリファンへのアピールなのか、作中には頻繁に登場人物たちのミステリ談義が挿入される。唐突に、登場人物たちが、古典ミステリの作品名を挙げつつ議論をはじめ、(作者が)ミステリに詳しいことをアピールするのだ。そんなやり方でアピールされるよりも、きちんとした謎解きのカタルシスを味わわせてくれた方が、ミステリファンは喜ぶと思うのだが。